退職金の給与計算は、毎月の給与計算とは異なる特別な知識が求められます。
特に税金の計算方法は複雑で、退職所得控除や分離課税といった制度を正しく理解しなくてはなりません。
この記事では、退職金の基本的な計算方法から、一時金・年金形式それぞれの税金計算手順、注意点までを網羅的に解説します。
また、給与計算システムを活用して、これらの処理をいかに効率的かつ正確に進めるかについても触れていきます。
この記事の監修

日本ペイロール株式会社
これまで給与計算の部門でマネージャー職を担当。チームメンバーとともに常時顧問先350社以上の業務支援を行ってきた。加えて、chatworkやzoomを介し、労務のお悩み解決を迅速・きめ細やかにフォローアップ。
現在はその経験をいかして、社会保険労務士法人とうかいグループの採用・人材教育など、組織の成長に向けた人づくりを専任で担当。そのほかメディア、外部・内部のセミナー等で、スポットワーカーや社会保険の適用拡大など変わる人事労務の情報について広く発信している。
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退職金の給与計算と通常の給与計算の相違点
退職金の給与計算は、毎月の給与や賞与の計算とは大きく異なる点が二つあります。
一つは税金の計算方法です。
退職金は長年の功労に報いる一時的な所得であるため、税負担が軽減されるよう他の所得とは分けて計算する「分離課税」が適用されます。
もう一つは社会保険料の扱いで、退職金からは原則として健康保険料や厚生年金保険料などが控除されない点が、通常の給与計算との大きな違いです。

税金の計算方法が異なる(分離課税の適用)
通常の給与や賞与にかかる所得税は、他の所得と合算して税額を計算する「総合課税」の対象です。
一方、退職金は長年の勤労に対する報奨的な意味合いが強いことから、税負担が軽減されるよう特別な配慮がなされています。
具体的には、他の所得とは合算せずに退職所得だけで所得税を計算する「分離課税」という方式が採用されます。
これにより、一時的に大きな金額が支給されても、急激に高い税率が適用されることを避けられます。
この分離課税と、後述する退職所得控除の存在が、退職金の税務処理における最大の特徴です。
社会保険料の控除は不要
退職金は、労働の直接的な対価である賃金や報酬とは性質が異なると解釈されるため、健康保険料、厚生年金保険料、介護保険料といった社会保険料の算定基礎に含まれません。
したがって、退職金の支給額からこれらの社会保険料を控除する必要は無いため、給与計算時には注意が必要です。
同様に、雇用保険料についても控除の対象外となります。
ただし、退職する月の給与からは通常通り社会保険料が控除されるため、退職金と最後の給与の計算を混同しないように区別して処理することが求められます。

社労士 小栗の
アドバイス
退職金の計算方法は、トラブルを避けるために就業規則または退職金規程に明確に定める必要があります。特に、自己都合退職と会社都合退職、懲戒解雇などによる支給額の減額率や、勤続年数の端数処理方法などを具体的に規定し、従業員に周知しておくことが極めて重要です。規程がない、あるいは曖昧な場合、予期せぬ請求や法的な紛争に発展するリスクがあります。退職金制度の変更を行う際も、不利益変更とならないよう細心の注意が必要です。
退職金額を算出する4つの主な計算方式
退職金の計算方法は法律で一律に定められているわけではなく、各企業の就業規則や退職金規程によって独自に定められています。
そのため、経理担当者は自社の規程を正確に把握しておくことが不可欠です。
計算方式は企業規模や方針によって様々ですが、代表的なものとして「定額制」「基本給連動型」「ポイント制」「別テーブル制」の4つの方式が挙げられます。
それぞれの特徴を理解し、適切な計算を行う必要があります。

勤続年数に応じて決まる「定額制」
「定額制」は、勤続年数のみを基準として退職金の額を決定する、最もシンプルな計算方式です。
例えば「勤続10年で100万円、20年で300万円」というように、勤続年数に応じた金額が規程で定められています。
計算が非常に分かりやすく、将来の退職金額の目安を立てやすいのが特徴です。
そのため、特に中小企業で採用されるケースが多く見られます。
一方で、個人の役職や会社への貢献度といった要素が金額に反映されにくいため、従業員のモチベーション維持の観点からは課題が残る側面もあります。
退職時の基本給が基準となる「基本給連動型」
「基本給連動型」は、退職時の基本給に、勤続年数や退職事由(自己都合・会社都合など)に応じて定められた支給率を乗じて退職金額を算出する方式です。
計算式は「退職時の基本給×支給率」となり、長年にわたり多くの企業で採用されてきました。
この方式は、勤続年数が長く、退職時の役職が高いほど基本給も高くなる傾向があるため、会社への貢献が退職金に反映されやすいというメリットがあります。
しかし、基本給の変動が退職金額に直接影響するため、人件費の予測が難しいというデメリットも指摘されています。
貢献度を反映させる「ポイント制」
「ポイント制」は、勤続年数や役職、等級、個人の成果といった様々な要素をポイントに換算し、その累積ポイントに基づいて退職金額を算出する計算方式です。
計算式は「退職金ポイント×ポイント単価」となります。
年収や役職だけでなく、会社員としての会社への貢献度を多角的に評価できるため、社員の納得感を得やすいというメリットがあります。
一方で、ポイントの付与基準や評価制度の設計が複雑になりがちで、運用には公平性と透明性が求められます。
多くの会社員にとって、自身の評価が明確に退職金に結びつく制度です。
基本給とは別の基準額を用いる「別テーブル制」
「別テーブル制」は、基本給とは切り離し、役職や等級ごとに設定された独自の基準額を用いて退職金を計算する方式です。
計算式は「基準額×勤続年数に応じた支給率」のようになります。
基本給の変動に退職金が左右されないため、企業側は人件費の管理や将来の退職給付債務の予測がしやすくなるという大きなメリットがあります。
また、賃金制度の変更があっても退職金制度への影響を抑えることができるため、柔軟な人事制度を構築しやすくなります。
近年、基本給連動型に代わって導入する企業が増えている計算方式です。

社労士 小栗の
アドバイス
退職所得控除額を計算する際の勤続年数は、入社日から退職日までの実期間に基づいて計算されますが、1年未満の端数は切り上げ(例:10年3ヶ月なら11年)となる点に加えて、二つ以上の会社等から退職金を受け取る場合の勤続年数の重複に注意が必要です。「退職所得の受給に関する申告書」で以前の退職金支払者の情報が記載されている場合は、その勤続期間を通算して計算します。また、休職期間や試用期間が勤続年数に含まれるかどうかも、自社の退職金規程で確認し、正しく適用する必要があります。
【一時金形式】退職金にかかる税金の計算手順
退職金を一時金で受け取る場合、税金計算は大きく4つのステップで進められます。
この計算手順は、退職する従業員にとって税負担が過大にならないよう、様々な控除が設けられているのが特徴です。
具体的には、まず勤続年数に応じた「退職所得控除額」を算出し、次に課税対象となる「課税退職所得金額」を求めます。
その後、所得税と住民税をそれぞれ計算するという流れになります。
この手順を正確に踏むことが、適正な源泉徴収につながります。

ステップ1:課税対象額を決める「退職所得控除額」を算出する
退職所得控除額は、勤続年数に応じて以下の計算式で算出します。
勤続年数に1年未満の端数月がある場合は、1年に切り上げて計算するのがルールです。
・勤続年数が20年以下の場合:40万円×勤続年数
・勤続年数が20年超の場合:800万円+70万円×(勤続年数-20年)
この控除額が、退職者の税負担を軽減する上で非常に重要な役割を果たします。
ステップ2:控除額を適用した「課税退職所得金額」を求める
次に、退職金の総支給額からステップ1で算出した退職所得控除額を差し引きます。
この時点では、まだ課税対象額ではありません。
税負担をさらに軽減するため、控除後の金額を2分の1にしたものが「課税退職所得金額」となります。
計算式は「(退職金支給額−退職所得控除額)×1/2」です。
もし退職金の支給額が退職所得控除額を下回る場合、課税退職所得金額は0円となり、所得税および住民税はかかりません。
1,000円未満の端数は切り捨てて計算します。
ステップ3:所得税および復興特別所得税の源泉徴収額を計算する
ステップ2で算出した課税退職所得金額に、国税庁が定める「退職所得の源泉徴収税額の速算表」に記載されている所得税率を乗じ、控除額を差し引いて所得税額を算出します。
この速算表は、課税退職所得金額の区分に応じて税率と控除額が定められています。
算出した所得税額に対して、さらに2.1%を乗じた金額が復興特別所得税となります。
この所得税額と復興特別所得税額を合計した金額が、最終的に源泉徴収すべき税額です。
計算の過程で生じた1円未満の端数は切り捨てます。
ステップ4:住民税の特別徴収額を計算する
住民税は、所得税とは別に計算し、退職金の支払い者が特別徴収して市区町村に納付します。
計算方法は、ステップ2で求めた課税退職所得金額に、住民税の税率(市町村民税6%、道府県民税4%の合計10%)を乗じて算出します。
所得税計算のように速算表を用いることはなく、一律の税率を適用します。
なお、この計算方法は令和4年1月1日以降に支払われる退職金に適用されるものです。
所得税と同様に、退職金の支給額が退職所得控除額以下であれば、住民税はかかりません。
【年金形式】退職金にかかる税金の計算方法
退職金を分割して年金形式で受け取る場合、税金の計算方法は一時金とは全く異なります。
年金として受け取る退職金は、税法上「公的年金等に係る雑所得」として扱われるためです。
これは、毎月の給与など他の所得と合算して総所得金額を算出し、それに対して所得税が課される「総合課税」の対象となります。
したがって、一時金のような分離課税は適用されず、毎年確定申告が必要になるのが原則です。
年金受給の退職金は「雑所得」として課税される
退職金を年金形式で受け取る場合、その年に受け取った年金額は「雑所得」として扱われます。
これは、給与所得や事業所得など他の所得と合算され、総合課税の対象として所得税が計算されることを意味します。
一時金で受け取る退職所得とは異なり、分離課税の適用はありません。
そのため、年金以外の所得がある場合は、それらを合算した総所得金額に基づいて税額が決定されます。
原則として、年金受給者は毎年、確定申告を行い、年間の所得と税額を計算して納税する必要があります。
公的年金等控除額を差し引いて所得税・住民税を計算する
年金形式の退職金(雑所得)を計算する際には、収入金額から公的年金等控除額を差し引くことができます。
この控除額は、年金受給者の年齢(65歳未満か65歳以上か)と、公的年金等の収入金額、そして年金以外の所得金額の合計額に応じて変動します。
具体的な控除額は、国税庁のウェブサイトなどに掲載されている速算表で確認できます。
収入金額からこの控除額を差し引いたものが雑所得の金額となり、他の所得と合算された後、最終的な所得税と住民税が計算される仕組みです。
【具体例】勤続30年・退職金1,500万円の税金シミュレーション
ここでは、具体的なモデルケースを用いて退職金の税金計算をシミュレーションします。
前提条件は、勤続年数が30年、支給される退職金が1,500万円で、一時金として受け取る場合です。
この条件で、退職所得控除額の計算から始まり、課税対象額、そして最終的な納税額がいくらになるのかを順を追って見ていくことで、これまでの計算手順への理解を深めることができます。
このシミュレーションを通じて、退職所得控除の節税効果の大きさを具体的に確認します。
例①:退職所得控除額を計算する
まず、退職所得控除額を計算します。
今回のケースは勤続30年であり、これは20年を超える場合に該当します。
したがって、計算式は「800万円+70万円×(勤続年数-20年)」を用います。
具体的な数字を当てはめると、「800万円+70万円×(30年-20年)」となります。
これを計算すると、800万円+70万円×10年=800万円+700万円=1,500万円となります。
この従業員は、定年退職などで満30年勤務した場合、1,500万円の退職所得控除が適用されることになります。
例②:課税退職所得金額を算出する
次に、課税退職所得金額を算出します。
計算式は「(退職金支給額−退職所得控除額)×1/2」です。
例①で算出した退職所得控除額は1,500万円でした。
退職金の支給額も1,500万円なので、式に当てはめると「(1,500万円-1,500万円)×1/2」となります。
この結果、課税退職所得金額は0円です。
このように、退職金の支給額が退職所得控除額の範囲内に収まる場合、課税対象となる所得は発生しません。
これが中途退職などで勤続年数が短く、控除額が退職金を下回るケースとの大きな違いです。
例③:所得税・住民税の納税額を明らかにする
最後に、所得税と住民税の納税額を算出します。
例②で明らかになった通り、課税退職所得金額が0円であるため、この金額に所得税率や住民税率を乗じても、税額は発生しません。
したがって、源泉徴収すべき所得税・復興特別所得税は0円、特別徴収すべき住民税も0円となります。
このシミュレーション結果から、勤続30年の従業員が1,500万円の退職金を受け取る場合、退職所得控除の適用によって、税金の負担なく全額を受け取れることがわかります。
給与計算システムで退職金を処理する際の手順
退職金の支給や税金計算は、手作業ではミスが発生しやすい複雑な業務です。
しかし、多くの企業で導入されている給与計算システムを利用すれば、これらの処理を効率的かつ正確に進めることが可能です。
例えば「給与奉行」のようなシステムでは、退職金計算専用の機能が搭載されており、定められた手順に沿って入力するだけで、複雑な税額計算から源泉徴収票の作成までを自動化できます。
ここでは、システムを使った一般的な処理手順を解説します。

従業員情報の登録と退職日の設定
給与計算システムで退職金を処理する最初のステップは、対象従業員の情報を正確に設定することです。
具体的には、システム上の従業員マスタから該当者を選択し、退職年月日を間違いなく入力します。
勤続年数は退職所得控除額を算出する上で最も重要な基礎情報であり、システムは登録された入社日と退職日から自動で計算します。
入力ミスがあると税額全体に影響が及ぶため、慎重な確認が不可欠です。
特に、役員の場合は勤続年数の考え方が異なる場合があるため、該当者のステータスも正しく設定する必要があります。
退職金の支給額入力と税金の自動計算
従業員情報と退職日の設定が完了したら、次に確定した退職金の支給額をシステムに入力します。
多くの給与計算システムでは、この支給額と、事前に登録されている勤続年数、「退職所得の受給に関する申告書」の提出有無といった情報を基に、退職所得控除額、課税退職所得金額、所得税、復興特別所得税、住民税までの一連の税金を自動で計算してくれます。
これにより、担当者が速算表を確認したり、複雑な計算式を用いたりする必要がなくなり、手作業による計算ミスを大幅に削減できます。
退職所得の源泉徴収票や支払調書の作成
税金の自動計算後、システムはこれらの計算結果を基に必要な帳票類を自動で作成します。
最も重要なのが「給与所得・退職所得に対する源泉徴収票」です。
この帳票は、退職者本人へ交付する義務があり、税務署や市区町村へ提出が必要な場合もあります。
給与計算システムを使えば、フォーマットに従って計算結果が自動で転記されるため、正確な源泉徴収票を簡単に出力できます。
また、税務署へ提出する支払調書や法定調書合計表の作成もサポートしている場合が多く、一連の退職手続きをスムーズに完結させられます。

社労士 小栗の
アドバイス
住民税の特別徴収は、原則として退職月の給与から行うことになっていますが、退職金の支給については、最後の給与からの控除が間に合わない、または退職金からも特別徴収する必要があるケースがあります。特に、翌年の6月〜翌々年5月分の住民税を一括徴収(特別徴収)する際、退職月の給与・退職金から控除しきれない場合があるため、市区町村からの通知や退職者との調整を確実に行い、徴収漏れや徴収額の間違いがないように細心の注意を払う必要があります。
経理担当者が押さえるべき退職金計算の3つの注意点
退職金の給与計算は、税制上の特例が多く、通常の給与計算とは異なる実務上の注意点がいくつか存在します。
これらのポイントを見落とすと、税額の計算ミスや手続きの遅延につながりかねません。
特に、従業員から提出される書類の確認、役員退職金の特殊な扱い、そして万が一の死亡退職金の処理については、経理担当者として正確な知識を持っておく必要があります。
ここでは、実務で特に重要となる3つの注意点を解説します。

「退職所得の受給に関する申告書」の提出状況を必ず確認する
退職金を支払う際には、事前に従業員から「退職所得の受給に関する申告書」を提出してもらう必要があります。
この申告書の提出がある場合のみ、これまで説明してきた退職所得控除を適用した正規の税金計算が可能です。
もしこの申告書の提出がないまま退職金を支払うと、支給額に対して一律20.42%の税率で所得税を源泉徴収しなければなりません。
この場合、従業員本人が確定申告を行って過払い分を取り戻す必要があり、大きな手間をかけてしまうため、支払い前に必ず提出状況を確認することが極めて重要です。
役員への退職金は勤続年数の数え方が異なる場合がある
役員に対して退職金を支払う場合は、税金の計算方法が一般の従業員と異なるケースがあるため注意が必要です。
特に、役員としての勤続年数が5年以下の役員に支払われる退職金(短期退職手当等)については、税制上の扱いが変わります。
具体的には、退職金の額から退職所得控除額を差し引いた金額のうち、300万円を超える部分については、課税所得を計算する際の「×1/2」の措置が適用されません。
これは、短期の役員退職金を利用した過度な節税を防ぐための措置であり、該当する場合には計算方法を正しく切り替える必要があります。
死亡退職金は所得税ではなく相続税の課税対象になる
従業員が在職中に亡くなり、その遺族に死亡退職金が支払われる場合、この退職金は所得税の課税対象にはなりません。
これは「みなし相続財産」として扱われ、相続税の課税対象となります。
したがって、給与計算担当者は所得税の源泉徴収を行う必要はありません。
ただし、相続税には「500万円×法定相続人の数」という生命保険金などと共通の非課税限度額が設けられており、死亡退職金の額がこの範囲内であれば相続税はかからないケースがほとんどです。
通常の退職とは税務上の扱いが全く異なるため、明確に区別して処理しなくてはなりません。
まとめ
退職金の給与計算は、通常の月次給与とは異なり、退職所得控除の適用や分離課税といった特殊な税務処理が求められます。
退職金の算出方法自体も企業ごとに定められた規程に基づくため、まずは自社のルールを正確に把握することが第一歩となります。
その上で、勤続年数に応じた控除額の計算や、申告書の有無の確認、役員退職金や死亡退職金といった特殊ケースへの対応など、実務上の注意点を押さえることが不可欠です。
給与計算システムを有効活用することで、これらの複雑な計算や帳票作成を自動化し、ミスを防止しながら業務の効率化を図ることが可能です。