年末年始は、金融機関の休業や年末調整業務が重なるため、給与計算担当者にとって特に注意が必要な時期です。
通常の月とは異なり、勤怠の締め日や給与支給日の変更を検討するケースも少なくありません。
もし給料日が金融機関の休業日に重なった場合、支払日を前倒しにするのか、後ろ倒しにするのか、企業のルールによって対応が異なります。
本記事では、年末年始特有の給与計算の注意点や、支払日を変更する際の法的な手続きについて詳しく解説します。
この記事の監修

日本ペイロール株式会社
これまで給与計算の部門でマネージャー職を担当。チームメンバーとともに常時顧問先350社以上の業務支援を行ってきた。加えて、chatworkやzoomを介し、労務のお悩み解決を迅速・きめ細やかにフォローアップ。
現在はその経験をいかして、社会保険労務士法人とうかいグループの採用・人材教育など、組織の成長に向けた人づくりを専任で担当。そのほかメディア、外部・内部のセミナー等で、スポットワーカーや社会保険の適用拡大など変わる人事労務の情報について広く発信している。
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年末年始の給与計算が通常より複雑になる理由
年末年始の給与計算は、他の時期に比べて業務が集中し、複雑化する傾向があります。
その主な理由として、金融機関が長期休業に入ること、従業員の休暇取得が増え勤怠管理が煩雑になること、そして「年末調整」の最終対応が重なることが挙げられます。
特に年末調整は、年間の給与総額と源泉徴収税額を確定させる重要な手続きであり、各種控除書類の確認や還付・徴収額の計算など、通常業務に加えて多くの作業が発生するため、担当者の負担が増大します。


社労士 小栗の
アドバイス
年末調整の法定手続き(源泉徴収票の提出や納税)には期限があり、これを遅延すると不納付加算税や延滞税の対象となる可能性があります。特に、年末調整の結果発生した不足額の徴収や還付が年をまたぐこと自体は問題ありませんが、法定調書提出の期限(翌年1月末)に間に合わせるためのスケジュール管理を徹底しましょう。期限厳守は企業のコンプライアンス上、極めて重要です。
給料日が年末年始の休日に重なるときの対応
給料日が土日祝日や年末年始の休業期間と重なる場合、支払日を休業日の前にするか後にするかをあらかじめ決めておく必要があります。
これを「前倒し支給」または「後ろ倒し支給」と呼びます。
どちらの対応を取るかは、企業の就業規則や賃金規程で定められているのが一般的です。
法的な決まりはありませんが、従業員の生活への影響を考慮し、事前にルールを明確化して周知しておくことが重要です。
給料日の前倒しと後ろ倒し、どちらが適切?
労働基準法第24条では賃金支払いの5原則が定められていますが、支払日が休日にあたる場合の具体的な取り扱いについては規定されていません。
そのため、前倒しと後ろ倒しのどちらを選択するかは、企業の就業規則や労使間の慣行に委ねられます。
一般的には、従業員の生活設計への配慮から、支払日を前倒しする企業が多い傾向にあります。
これは、給与が生活費の原資であることを重視した対応と言えるでしょう。
一方で、企業の資金繰りの都合や、給与計算のスケジュールが非常にタイトになることを避けるため、後ろ倒しを選択するケースも存在します。
どちらを選択するにせよ、就業規則等でルールを明確に定め、従業員に周知しておくことが不可欠です。
支払日を前倒しする場合のメリットと注意点
支払日を前倒しする最大のメリットは、従業員満足度の向上です。
年末年始は出費がかさむ時期であり、給与が早く振り込まれることで、従業員は安心して休暇を迎えることができます。
これは企業への信頼感にも繋がるでしょう。
一方、注意点としては、給与計算業務のスケジュールが非常にタイトになる点が挙げられます。
勤怠データの集計、残業代の計算、振込手続きなどを短期間で完了させなければならず、担当者の負担が増加します。
また、通常の支払日よりも早く資金を準備する必要があるため、企業の資金繰りにも影響が出る可能性があります。
特に、取引先からの入金サイクルとの兼ね合いを考慮し、余裕を持った資金計画を立てる必要があります。
支払日を後ろ倒しする場合のメリットと注意点
支払日を後ろ倒しにするメリットは、給与計算のスケジュールに余裕を持たせられる点です。
年末年始の休暇を挟むことで、勤怠データの確認や計算作業を落ち着いて進めることができ、ミスを減らす効果が期待できます。
また、通常の支払日以降に資金を準備すればよいため、企業の資金繰りに対する負担も軽減されます。
しかし、注意すべきは従業員の生活への影響です。
クレジットカードの引き落としやローンの返済など、支払日を前提とした資金計画を立てている従業員にとっては、支払いが遅れることが大きな問題となる可能性があります。
不満やモチベーションの低下につながる恐れもあるため、後ろ倒しをルールとする場合は、その旨を事前に従業員へ丁寧に説明し、理解を得ることが不可欠です。
年末年始の給与計算で押さえておくべき3つのポイント
年末年始の給与計算を円滑に進めるためには、いくつかの特有のポイントを押さえておく必要があります。
特に注意すべきは、「勤怠締め日を早めた場合の残業代の扱いはどうするか」「銀行の最終営業日はいつで、振込手続きはいつまでに行うべきか」「年末調整の最終確認と源泉徴収票の準備は間に合うか」という3点です。
これらのポイントを事前に確認し、計画的に業務を進めることで、トラブルを未然に防ぎ、正確な給与計算を実現できます。

1. 勤怠の締め日を早める場合の残業代の扱い
給与支払いを前倒しするために勤怠の締め日を通常より早めた場合、その後の期間に発生した残業代の扱いに注意が必要です。
例えば、締め日を20日から15日に変更した場合、16日から20日までの残業時間は当月分の給与計算に間に合いません。
この期間の残業代や各種手当については、翌月の給与で精算するのが一般的です。
あるいは、見込みで一定額を支払い、翌月に差額を調整する方法も考えられます。
どちらの方法を採用するにしても、就業規則や賃金規程にその旨を明記し、従業員に混乱が生じないよう事前に説明しておくことが不可欠です。
未払いや計算ミスは労使間のトラブルに発展する可能性があるため、明確なルール設定と運用が求められます。

社労士 小栗の
アドバイス
労働基準法上、残業代(割増賃金)は「賃金算定期間(締め日)の都度、全額を支払う」という決まりはなく、毎月1回以上、一定の期日を定めて支払うという原則(労基法第24条)を満たしていれば問題ありません。つまり、締め日を短縮したことにより発生した未集計期間の残業代を「翌月支給」とする運用は、就業規則に明記されていれば合法的な対応です。ただし、従業員への周知は必須です。
2. 銀行の最終営業日を意識した振込手続き
年末年始は金融機関が休業となるため、給与振込の手続きは通常よりも早く行う必要があります。
特に注意したいのが、銀行の最終営業日と振込データの受付締切時間です。
多くの企業が利用する総合振込(一括振込)サービスは、振込指定日の1~3営業日前にデータ伝送の締切が設定されていることが一般的です。
年末は取引企業の振込も集中するため、万が一のデータ不備や手続きの遅延が発生すると、給与の支払いが遅れるという重大な事態になりかねません。
事前に取引銀行の年末年始の営業スケジュールと、給与振込サービスの具体的な締切日時を確認し、担当者は余裕を持って手続きを完了させることが極めて重要です。
3. 年末調整の最終確認と源泉徴収票の準備
12月の給与計算は、年末調整の最終段階と重なります。
年末調整とは、毎月の給与から源泉徴収された所得税と、年間の給与総額に基づいて計算されるべき正しい税額との差額を精算する手続きです。
従業員から提出された扶養控除等申告書や保険料控除申告書などの内容を最終確認し、正確な年税額を算出しなければなりません。
この結果、発生した過不足額は、通常12月または翌年1月の給与で還付または追加徴収します。
この一連の計算が完了した後、その内容を記載した源泉徴収票を作成し、翌年の1月末までに全従業員へ交付する義務があります。
年末の慌ただしい時期ですが、正確な処理が求められます。
給与の締め日や支払日を変更する際の正しい手順
年末年始の対応を機に、恒久的に給与の締め日や支払日の変更を検討する企業もあるかもしれません。
給与の支払日や計算期間は、労働者にとって重要な労働条件であるため、変更には法的に定められた手続きを踏む必要があります。
単に会社が一方的に変更することはできず、就業規則(賃金規程)の変更と、それに対する従業員への十分な説明と同意が不可欠です。
例えば、新年度が始まる4月からの変更を目指す場合でも、数ヶ月前から計画的に準備を進めることが求められます。

就業規則(賃金規程)の変更手続き
給与の締め日や支払日は、労働基準法で定められた「絶対的必要記載事項」として、就業規則(または賃金規程)に必ず記載しなければなりません。
したがって、これらの日付を恒久的に変更する場合は、就業規則の変更手続きが必須となります。
手続きとしては、まず変更案を作成し、事業場の労働者の過半数で組織する労働組合、またはそれがない場合には労働者の過半数を代表する者の意見を聴取し、その意見書を作成します。
その後、「就業規則(変更)届」と「意見書」、そして変更後の就業規則を、所轄の労働基準監督署長に届け出る必要があります。
この一連の手続きを怠ると法的な効力が認められない可能性があるため、慎重に進めなければなりません。
従業員への十分な説明と同意の取得
就業規則の変更手続きと並行して、従業員一人ひとりへの十分な説明と同意の取得が極めて重要です。
特に、支払日を後ろ倒しにするような従業員にとって不利益となりうる変更の場合、その必要性や変更後の運用について合理的な理由を丁寧に説明し、理解を求める姿勢が不可欠です。
説明会を開催する、変更内容をまとめた資料を配布する、個別に面談の機会を設けるといった方法で、従業員の不安や疑問を解消する努力が求められます。
また、変更後の最初の給与明細の摘要欄に、締め日や支払日が変更になった旨を記載するなど、丁寧な情報提供を心がけることで、無用な混乱を避け、円滑な移行を促すことができます。
一方的な通告は、従業員の不信感につながりかねません。

社労士 小栗の
アドバイス
給料日の後ろ倒しは、従業員の生活設計に影響を与える「労働条件の不利益変更」に該当します。不利益変更を行う際は、変更の必要性、変更内容の相当性、労働組合等との交渉状況、代償措置の有無などから、変更の「合理性」が裁判で争点となりやすいです。合理性があっても、個別の同意を得ることが望ましいですが、同意が得られない場合でも、合理的な理由を丁寧に説明し、就業規則の周知徹底を図ることが重要です。
毎年の負担を軽くする!給与計算の効率化策
毎年繰り返される年末年始の煩雑な給与計算業務は、担当者にとって大きな負担です。
この負担を根本的に軽減するためには、業務プロセスの見直しや効率化が有効な対策となります。
手作業や表計算ソフトに依存した管理では、ヒューマンエラーのリスクや業務の属人化といった課題が常に付きまといます。
ここでは、毎年の負担を軽くするための具体的な解決策として、勤怠管理システムの導入や給与計算業務のアウトソーシング(外注)について解説します。
クラウド型勤怠管理システムの導入で集計を自動化
タイムカードやExcelによる手作業での勤怠管理は、集計に多大な時間と手間がかかる上、転記ミスや計算間違いといったヒューマンエラーが発生しやすいという課題があります。
クラウド型の勤怠管理システムを導入することで、従業員による打刻データがリアルタイムで自動集計され、担当者はいつでも最新の勤務状況を把握できます。
残業時間、深夜労働、休日出勤といった複雑な労働時間の計算も、設定された就業規則に基づいてシステムが自動的に行うため、法令遵守の観点からも安心です。
さらに、多くのシステムは給与計算ソフトと連携可能であり、集計された勤怠データを手入力することなく取り込めるため、給与計算全体の業務時間を大幅に短縮できます。
給与計算業務のアウトソーシング(外注)を検討
給与計算業務を、社会保険労務士事務所や専門の代行業者へアウトソーシングするのも有効な選択肢です。
専門家に委託することで、煩雑な計算業務から解放され、経理や労務の担当者は本来注力すべきコア業務に集中できます。
特に年末調整のような専門知識を要する業務や、頻繁に行われる法改正への対応も、専門家が正確に行ってくれるため、法令遵守の観点から大きな安心感が得られます。
外部委託にはコストが発生しますが、担当者の残業時間削減、業務の属人化の解消、急な退職による引き継ぎ問題のリスクヘッジなど、費用対効果を総合的に勘案すれば、企業にとって有益な投資となる場合があります。
まとめ
年末年始の給与計算は、金融機関の休業や年末調整が重なるため、事前の計画が不可欠です。
給料日が休日にあたる場合の支払日の前倒し・後ろ倒しは就業規則の定めに従い、勤怠締め日を早める際は残業代の精算方法を明確にする必要があります。
また、銀行の最終営業日を把握し、余裕を持った振込手続きを心がけましょう。
年末調整の計算と源泉徴収票の準備も、この時期の重要な業務です。
恒久的な締め日や支払日の変更には、就業規則の変更届出と従業員への丁寧な説明が求められます。
今回の経験を活かし、来年の5月の大型連休など他の繁忙期に備えて、勤怠管理システムの導入やアウトソーシングといった業務効率化策を検討することも、長期的な視点では重要となります。