役員報酬の給与計算は、従業員の給与計算とは異なる税務上のルールが存在し、複雑に感じるかもしれません。
報酬額は、原則として事業年度の途中での変更はできませんが、特定の事由に該当する場合は変更が可能です。例えば、事業年度開始から3ヶ月以内であれば変更できますし、臨時改定事由(役員の職制上の地位の変更、役員の職務内容の重大な変更など)や、会社の経営状況が著しく悪化したことによる減額改定など、やむを得ない事情がある場合には、事業年度の途中であっても損金算入が認められることがあります。これらの点を踏まえ、会社の利益と個人の税負担のバランスを考慮した慎重な判断が求められます。
この記事では、役員報酬の総支給額から社会保険料や税金を差し引いた「手取り額」の計算方法をわかりやすく解説するとともに、損金算入するための税務上の注意点についても説明します。
この記事の監修

日本ペイロール株式会社
これまで給与計算の部門でマネージャー職を担当。チームメンバーとともに常時顧問先350社以上の業務支援を行ってきた。加えて、chatworkやzoomを介し、労務のお悩み解決を迅速・きめ細やかにフォローアップ。
現在はその経験をいかして、社会保険労務士法人とうかいグループの採用・人材教育など、組織の成長に向けた人づくりを専任で担当。そのほかメディア、外部・内部のセミナー等で、スポットワーカーや社会保険の適用拡大など変わる人事労務の情報について広く発信している。
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役員報酬と従業員給与の計算における根本的な違い
役員報酬と従業員給与の最も根本的な違いは、会社と個人の契約形態にあります。
従業員は会社と「雇用契約」を結びますが、取締役などの役員は「委任契約」に基づき経営を委任されます。
この違いにより、税法上の取り扱いも大きく異なります。
従業員給与は原則として全額が損金(経費)になりますが、役員報酬は不当に高額な部分や、定められた支給方法から外れたものは損金として認められません。
執行役員も法人の使用人ですが、役員として登記されていれば役員報酬の対象です。
使用人兼務役員のように両方の立場を兼ねる場合は、給与の性質によって扱いが別になるため注意が必要です。
役員報酬の手取り額を計算する3つのステップ
役員報酬の手取り額は、会社が定めた総支給額(年収)から、所得税、住民税、社会保険料の3つを控除して計算します。
従業員の給与計算と基本的な流れは同じですが、役員報酬は賞与の支給などに制限があるため、月々の報酬額が手取りに与える影響が大きくなります。
正確な手取り額を把握することは、役員個人の資金計画だけでなく、会社の資金繰りを考える上でも重要です。
ここでは、総支給額から何がいくら引かれるのか、計算の3つのステップを順に解説します。
ステップ1:総支給額から控除される所得税額を算出する
所得税は個人の所得に対して課される国税であり、毎月の役員報酬から源泉徴収されます。
まず、年間の給与収入の合計額から給与所得控除額を差し引き、給与所得を算出します。
給与所得控除額は収入に応じて変動します。
次に、その給与所得から基礎控除や配偶者控除、扶養控除といった各種所得控除を引いて課税所得金額を求めます。
この課税所得金額に、所得額に応じた所得税の税率を適用して所得税額を計算する流れです。
毎月の源泉徴収額は、国税庁が公表している「給与所得の源泉徴収税額表」を基に、社会保険料控除後の報酬月額と扶養親族の人数に応じて決定されます。
ステップ2:前年の所得に基づいた住民税額を確認する
住民税は、前年の1月1日から12月31日までの所得に対して課税される地方税で、都道府県民税と市区町村民税を合わせたものです。
所得税とは異なり、税額は前年の所得に基づいて計算されるため、報酬額が大きく変動した翌年は注意が必要です。
例えば、年収900万だった年の翌年は、その所得に応じた住民税が課されます。
毎年5月から6月にかけて、市区町村から会社宛てに「住民税課税決定通知書」が届き、そこに記載された年税額を12分割した金額を毎月の役員報酬から天引きして納付します(特別徴収)。
税率は所得に対して一律約10%の「所得割」と、所得にかかわらず定額が課される「均等割」で構成されています。
ステップ3:健康保険料と厚生年金保険料を計算する
健康保険料と厚生年金保険料は、社会保険料と呼ばれ、役員も加入義務があります。
これらの保険料は、毎年4月から6月までの報酬月額の平均をもとに「標準報酬月額」を算出し、その等級に応じた保険料額が決定されます。
決定された標準報酬月額は、原則としてその年の9月から翌年8月までの一年間に適用されます。
保険料は会社と役員個人が折半して負担します。
健康保険料率は加入している健康保険組合や都道府県によって異なり、また、40歳になると介護保険料が上乗せされます。
これらの社会保険料は、毎月の役員報酬から控除されます。

社労士 小栗の
アドバイス
役員報酬を事業年度開始から3ヶ月以内に変更した際や、任期変更に伴う改定を行った際は、税務上の手続きだけでなく、社会保険料の「随時改定(月額変更届)」の手続きを忘れずに行う必要があります。標準報酬月額が改定されれば、その後の社会保険料が変動し、手取り額も変わります。この手続きを失念すると、高額な保険料を不当に払い続ける、または低い保険料のままで将来の年金額に影響が出る、といった問題が生じます。税務上の変更と同時に、必ず社会保険の手続きも確認しましょう。
役員報酬の給与計算で押さえるべき税務上の3つの注意点
役員報酬を会社の経費(損金)として計上するには、税法で定められた厳格なルールを守る必要があります。
このルールから逸脱した支給は損金として認められず、結果的に法人税の負担が増加する可能性があります。
従業員給与とは異なり、役員報酬は恣意的に操作して利益調整に利用されることを防ぐ目的から、支給方法や金額決定の時期に制限が設けられています。
ここでは、役員報酬の給与計算を行う上で、特に重要となる税務上の3つの注意点を解説します。
会社の経費(損金)として認められる3つの支給方法
役員報酬を損金として算入するためには、法人税法で定められた3つの支給方法のいずれかに該当する必要があります。
一つ目は、毎月一定額を支給する「定期同額給与」です。
これは最も一般的な方法で、事業年度の途中での金額変更は原則として認められません。
二つ目は、役員への賞与のように特定の時期に決まった額を支払う「事前確定届出給与」です。
この方法を用いるには、所定の期日までに税務署へ支給額や支給時期を届け出る規定があります。
三つ目は、企業の利益指標を基準に報酬額が変動する「業績連動給与(利益連動給与)」です。
これは主に非同族会社が対象であり、算定方法が客観的であるなど、適用には厳しい要件が課されています。
これらのいずれかの方法に則って支給することが損金算入の条件となります。
会社の利益状況を正確に予測して報酬額を決める
役員報酬の額は、原則として事業年度開始の日から3ヶ月以内に株主総会などの決議によって決定し、その事業年度が終了するまで変更できません。
期中に業績が大きく変動したからといって、恣意的に報酬額を増減させることは認められていないのです。
そのため、事業年度が始まる前に、売上や経費を詳細に予測し、年間の利益計画を可能な限り正確に立てる必要があります。
この利益予測に基づいて、会社の資金繰りを圧迫せず、かつ役員の貢献度にも見合った適切な報酬額を設定することが求められます。
決定された報酬額に基づき、会計上は毎月、役員報酬として費用計上する仕訳を行います。
予測が外れた場合のリスクも考慮した上で、慎重に金額を決定しなければなりません。
法人税と個人の所得税のバランスを考慮する
役員報酬の金額は、会社の法人税と役員個人の所得税・住民税の総額に直接影響します。
役員報酬を高く設定すれば、会社の利益が圧縮されるため法人税額は減少します。
しかし、個人の所得が増えるため、累進課税制度により所得税や住民税の負担は増加します。
逆に、役員報酬を低く抑えれば、個人の税負担は軽くなりますが、その分会社の利益が増加し、法人税額が大きくなります。
したがって、会社に残す利益と役員個人に分配する報酬のバランスを考え、法人と個人の税負担を合わせたトータルの納税額が最も少なくなるようにシミュレーションすることが重要です。
従業員とは異なり、役員賞与などは年末調整の対象とならないケースもあるため、確定申告が必要になる点も留意が必要です。

社労士 小栗の
アドバイス
法人税を抑えるために役員報酬を極端に低く設定するケースがありますが、これは将来の社会保険上のデメリットを招きます。社会保険料は標準報酬月額を基に計算されるため、報酬を低くすると、毎月の会社負担・個人負担の保険料は減ります。しかし、それは将来受け取れる厚生年金の年金額の減少に直結します。また、傷病手当金や出産手当金といった健康保険の給付額も標準報酬月額に応じて決まるため、病気や出産で休業した際に受け取れる補償が不十分になるリスクがあります。税金だけでなく、社会保険による将来の保障も考慮して報酬額を決定することが重要です。
役員報酬から天引きした所得税の納付手続きと期限
役員報酬から源泉徴収した所得税は、原則として報酬を支払った月の翌月10日までに、会社が国に対して納付する義務があります。
この納付手続きは、税務署から送付されるか、金融機関の窓口で入手できる「所得税徴収高計算書(納付書)」を用いて行います。
納付場所は、日本銀行の歳入代理店となっている金融機関の窓口、または所轄税務署の窓口です。
給与の支給人員が常時10人未満の小規模な会社の場合は、「源泉所得税の納期の特例」という制度を利用できます。
事前に税務署へ申請書を提出し承認を受ければ、納付を年2回(7月と翌年1月)にまとめることが可能となり、事務負担を軽減できます。
e-Taxを利用すれば、自宅やオフィスから無料で電子納付も行えます。
まとめ
役員報酬の給与計算は、手取り額の算出だけでなく、法人税法上の損金算入ルールを遵守することが不可欠です。
特に、報酬額は事業年度開始から3ヶ月以内に決定し、期中は変更できない「定期同額給与」が原則であり、これを守らない場合は法人税の負担が増えるリスクを伴います。
会社の利益計画と、法人税・所得税のバランスを考慮した最適な報酬額を設定するには、専門的な知識と将来予測が求められます。
自社での判断に不安がある場合や、税務上のリスクを確実に回避したい場合には、税務の専門家である税理士を顧問とし、適切なアドバイスを受けながら進めることが有効な選択肢となります。