借上げ社宅制度は、企業が従業員に提供する福利厚生の一つであり、適切な給与計算を行うことで従業員の所得税負担を軽減できるため、有効な節税策として注目されています。
この制度を活用するには、国税庁が定める非課税の条件を正確に理解し、給与から家賃を天引きする際の計算方法を遵守することが不可欠です。
本記事では、借り上げ社宅に関する給与計算の具体的な方法、非課税条件、そして制度を運用する上での注意点を解説します。
この記事の監修

日本ペイロール株式会社
これまで給与計算の部門でマネージャー職を担当。チームメンバーとともに常時顧問先350社以上の業務支援を行ってきた。加えて、chatworkやzoomを介し、労務のお悩み解決を迅速・きめ細やかにフォローアップ。
現在はその経験をいかして、社会保険労務士法人とうかいグループの採用・人材教育など、組織の成長に向けた人づくりを専任で担当。そのほかメディア、外部・内部のセミナー等で、スポットワーカーや社会保険の適用拡大など変わる人事労務の情報について広く発信している。
主な出演メディア
社会保険労務士 小栗多喜子のプロフィール紹介はこちら
https://www.tokai-sr.jp/staff/oguri
取材・寄稿のご相談はこちらから
借り上げ社宅と住宅手当の給与計算における違い
借り上げ社宅と住宅手当は、従業員の住居費を補助する点で共通していますが、給与計算上の扱いは大きく異なります。
住宅手当は、現金で支給されるため全額が給与所得として扱われ、所得税や社会保険料の算定基礎に含まれます。
一方、借り上げ社宅は、企業が契約した物件を従業員に貸与する「現物支給」の形式をとり、一定の要件を満たせば給与所得として課税されません。
この違いが、従業員の手取り額や企業の社会保険料負担に直接的な影響を及ぼします。
借り上げ社宅の家賃を非課税にするための給与計算のポイント
借り上げ社宅を非課税扱いにするためには、給与計算において重要なポイントがあります。
それは、従業員から国税庁の定める「賃貸料相当額」の50%以上を徴収することです。
この賃貸料相当額は、実際の契約家賃とは異なる基準で算定される金額であり、正しく計算する必要があります。
企業は、算出した従業員負担額を毎月の給与から天引きする形で徴収するのが一般的です。
このルールを遵守することで、従業員と企業双方の節税メリットが生まれます。
従業員から「賃貸料相当額」の50%以上を徴収する
借り上げ社宅を非課税にするための最も重要な要件は、従業員から「賃貸料相当額」の50%以上を家賃として徴収することです。
賃貸料相当額とは、国税庁が定めた計算式に基づいて算出される金額であり、実際の市場家賃とは異なります。
もし、従業員からの徴収額がこの賃貸料相当額の50%に満たない場合、会社が負担している家賃と徴収額との差額が給与とみなされ、給与課税の対象となってしまいます。
また、無償で貸与した場合は賃貸料相当額の全額が課税対象となるため注意が必要です。
この基準を満たしているかどうかが、節税効果を得るための分かれ目となります。
賃貸料相当額の計算方法【従業員向け】
従業員向けの借り上げ社宅における賃貸料相当額は、以下の3つの要素を合計して算出します。
(1)その年度の建物の固定資産税の課税標準額×0.2%
(2)12円×その建物の総床面積(平方メートル)/3.3(平方メートル)
(3)その年度の敷地の固定資産税の課税標準額×0.22%
この計算で求められた金額が、非課税の基準となる月額の賃貸料相当額です。
企業はこの金額の50%以上を社宅家賃として従業員から徴収する必要があります。
固定資産税の課税標準額は、物件の所有者や管理会社に確認しないと分からないため、企業側が主体となって計算を進めるのが一般的です。
役員の場合の賃貸料相当額の計算方法
役員の場合、賃貸料相当額の計算方法は社宅の床面積によって異なります。
社宅が小規模な住宅である場合、従業員と同様の計算式(固定資産税の課税標準額を基にする方法)が適用されます。
一方で、小規模な住宅に該当しない場合は、その社宅を会社が個人から借り受けているか、自社で所有しているかによって計算方法が変わります。
会社が個人から借りている社宅であれば、会社が支払う実質家賃の50%と、前述の計算式で算出した賃貸料相当額のいずれか多い方が役員の負担額です。
ただし、社会通念上「豪華社宅」と判断される場合は、時価(実勢家賃)が賃貸料相当額となり、役員はその全額を負担しなければ非課税とはなりません。

社労士 小栗の
アドバイス
借り上げ社宅制度の最大のメリットは、社会保険料の算定基礎から住宅補助部分を除外できる点です。給与から家賃を天引きする形で支給額を下げると、標準報酬月額が下がり、企業・従業員双方の社会保険料負担が軽減されます。ただし、従業員が将来受け取る厚生年金額も連動して減少します。制度導入の際は、従業員に対し「手取りが増えるメリット」と「将来の年金減少リスク」の両方を説明し、理解を得るためのシミュレーションを提供することが、労務管理上非常に重要です。
【具体例】借り上げ社宅の給与計算シミュレーション
借り上げ社宅制度がもたらす節税効果を具体的に理解するために、シミュレーションを見ていきましょう。
例えば、年収400万円の従業員が家賃10万円の物件に住むケースを考えます。
会社がこの物件を借り上げ、従業員からは賃貸料相当額に基づいて計算した自己負担額、仮に2万5千円を徴収したとします。
住宅手当として毎月5万円を受け取る場合と比較して、年間の手取り額や税負担がどのように変わるのかを次の項目で詳しく比較します。
年収400万円・家賃10万円の場合の節税効果
年収400万円、社会保険料約60万円、基礎控除48万円と仮定し、家賃10万円の物件に住むケースを考えます。
借り上げ社宅制度を利用し、賃貸料相当額を2万円と算定、従業員がその50%である1万円を負担するとします。
この場合、課税所得は400万円から社会保険料と基礎控除を引いた292万円です。
一方、個人で家賃10万円を全額支払う場合、課税所得は同じ292万円ですが、手元に残る金額は社宅制度を利用した方が家賃負担差額分だけ多くなります。
この制度の利点は、本来家賃として消えていた支出の一部が、課税所得を増やすことなく手元に残る点にあります。
住宅手当を支給した場合との手取り額比較
年収400万円の従業員に対し、家賃補助として住宅手当5万円を月々支給するケースを考えます。
この場合、年間の総支給額は460万円(400万円+5万円×12ヶ月)となり、これが課税対象となります。
社会保険料や所得税・住民税の負担額が増加するため、手取り額の増加は限定的です。
一方、借り上げ社宅制度を利用し、給与を340万円に減額する代わりに会社が家賃の大部分を負担する契約を結ぶと、課税対象額が大幅に下がります。
結果として税金と社会保険料が減り、実質的な手取り額は住宅手当を受け取る場合よりも多くなる可能性があります。
ただし、この方法は給与減額を伴うため、将来の厚生年金額などに影響が出る可能性も考慮する必要があります。

社労士 小栗の
アドバイス
税務上の非課税メリットを享受する大前提として、社宅管理規程の整備と、法人名義での賃貸借契約の徹底が不可欠です。規程には、従業員から徴収する家賃の計算根拠(賃貸料相当額の50%以上)を明記し、運用が公平であることを客観的に示す必要があります。契約名義が個人になっていると、いかに会社が家賃を負担していても「住宅手当」として全額課税対象になるため、契約書の確認は最重要チェックポイントです。
企業側から見た借り上げ社宅のメリット
借り上げ社宅制度は、従業員への福利厚生という側面に加え、企業経営においても多くのメリットをもたらします。
具体的には、社会保険料の負担軽減によるコスト削減効果や、家賃を経費として計上することによる法人税の節税効果が挙げられます。
さらに、住宅という生活の基盤をサポートすることは、福利厚生の魅力を高め、優秀な人材の獲得や従業員の定着率向上といった人事戦略上の重要な武器にもなり得ます。
社会保険料の算定基礎から除外でき負担を軽減できる
企業にとって借り上げ社宅制度を導入する大きなメリットは、社会保険料の負担軽減です。
健康保険料や厚生年金保険料といった社会保険料は、従業員の給与(標準報酬月額)を基に算出されます。
住宅手当は給与の一部と見なされるため、標準報酬月額を引き上げ、企業負担分の社会保険料も増加させます。
しかし、借り上げ社宅は現物支給であり、従業員から適切な家賃を徴収していれば給与には含まれません。
そのため、標準報酬月額が抑えられ、企業が負担する社会保険料を削減できるのです。
これは人件費の適正化に直接つながる重要な効果です。
家賃を会社の経費として計上できる
借り上げ社宅制度では、企業が不動産会社などに支払う家賃と、従業員から徴収する家賃との差額を、福利厚生費や地代家賃として経費計上することが可能です。
企業が支払う家賃が10万円で、従業員から2万円を徴収している場合、差額の8万円を損金として処理できます。
経費として計上できる金額が増えることで、企業の課税所得が圧縮され、結果的に法人税の負担を軽減する効果があります。
このように、従業員の福利厚生を提供しながら、同時に企業の節税対策にもなる点は、この制度の大きな魅力の一つです。
福利厚生の充実による人材確保と定着率向上
借り上げ社宅制度は、企業の採用競争力を高め、人材の確保と定着に貢献します。
特に新卒社員や地方からの採用者、転勤者にとって、住居探しの手間や敷金・礼金などの初期費用の負担が軽減されることは大きな魅力です。
求人情報に「社宅制度あり」と記載することで、他社との差別化を図ることができます。
また、生活の基盤である住居を会社がサポートすることで、従業員は安心して業務に集中でき、エンゲージメントや会社への帰属意識の向上が期待できます。
結果として、離職率の低下にもつながり、長期的な人材戦略の観点からも有効な施策です。
従業員側から見た借り上げ社宅のメリット
従業員にとって、借り上げ社宅制度は経済的な負担を大幅に軽減してくれる魅力的な福利厚生です。
毎月の家賃負担が減ることは直接的なメリットですが、それに加えて、給与の課税対象額が抑えられることによる所得税・住民税の節税効果や、社会保険料の自己負担額の減少といった間接的な恩恵も受けられます。
これにより、可処分所得が増加し、生活の安定につながります。
所得税・住民税の負担が軽くなる
借り上げ社宅の最大のメリットは、税負担の軽減です。
住宅手当として現金で支給された場合、その金額は給与所得に含まれ、所得税や住民税の課税対象となります。
一方、借り上げ社宅は現物支給であり、一定の要件を満たせば給与として課税されません。
これにより、課税対象となる所得額が低く抑えられるため、納めるべき所得税や、その所得を基に計算される翌年度の住民税額が減少します。
結果として、同じ年収であっても住宅手当を受け取る場合に比べて、手取り額が増える効果が期待できます。
社会保険料の自己負担額が減る
所得税や住民税と同様に、社会保険料の自己負担額が減ることも従業員にとっての大きなメリットです。
健康保険料や厚生年金保険料は、標準報酬月額に基づいて決定されます。
借り上げ社宅制度を利用することで、見かけ上の給与額が抑えられ、標準報酬月額が低くなることがあります。
その結果、毎月の給与から天引きされる社会保険料の自己負担額も減少します。
ただし、厚生年金保険料の負担が減ることは、将来受け取る年金額が少なくなる可能性も意味するため、その点は留意しておく必要があります。
物件探しの手間や初期費用を抑えられる
経済的なメリットに加え、住居に関する手間や初期費用を大幅に削減できる点も魅力です。
通常、賃貸物件を借りる際には、物件探しから内見、契約手続きまで多くの時間と労力がかかります。
また、敷金、礼金、仲介手数料、保証料といった多額の初期費用も必要です。
借り上げ社宅制度では、会社が契約主体となるため、これらの手続きや交渉を代行してくれるケースが多く、従業員の負担は大きく軽減されます。
特に、地理に不慣れな転勤者や、初めて一人暮らしをする新入社員にとっては、安心して新生活をスタートできる大きな支えとなります。
借り上げ社宅の給与計算で注意すべき点
借り上げ社宅制度は多くのメリットがある一方で、その運用には細心の注意が求められます。
特に給与計算においては、国税庁が定める非課税のルールを厳格に遵守しなければなりません。
もし要件から外れてしまうと、節税どころか、後から追加で税金を納める「追徴課税」のリスクが生じます。
制度を正しく、かつ安全に運用するためには、これから説明するいくつかの重要なポイントを必ず押さえておく必要があります。
従業員から一定額を徴収しないと給与として課税される
制度運用の根幹に関わる最も重要な注意点は、従業員からの家賃徴収額です。
先に述べた通り、国税庁の定める「賃貸料相当額」の50%以上を徴収しなければ、非課税の恩恵は受けられません。
徴収額が50%未満の場合、会社が負担している家賃と従業員からの徴収額との差額全額が、給与として扱われ課税対象になります。
もし従業員から家賃を一切徴収しない「無償貸与」の場合は、賃貸料相当額の全額が給与に上乗せされ、所得税が課されます。
このルールを徹底しなければ、税務調査で指摘を受けるリスクがあります。
光熱費や駐車場代は給与課税の対象になる
借り上げ社宅制度で非課税となるのは、あくまでも居住用の「建物」部分の賃料に限られます。
従業員が個人で契約し支払うべき水道光熱費や通信費などを会社が負担した場合、その金額は従業員への経済的利益とみなされ、給与として課税されます。
また、社宅に付随する駐車場の使用料を会社が負担した場合も、原則として給与課税の対象となります。
これらの費用は社宅の家賃とは明確に区別し、従業員が自己負担するか、給与に上乗せして課税処理を行う必要があります。
福利厚生の範囲を誤解しないよう注意が必要です。
社宅管理規程を明確に整備する必要がある
借り上げ社宅制度を円滑かつ公平に運用するためには、詳細な社宅管理規程の整備が不可欠です。
この規程には、社宅を利用できる従業員の範囲(役職や勤続年数など)、従業員の自己負担額の計算方法と徴収方法、入居資格や退去に関するルール、利用できる期間の上限などを具体的に明記しておく必要があります。
規程が曖昧だと、従業員間で不公平感が生じたり、トラブルの原因になったりします。
また、税務調査の際に、福利厚生費としての正当性を客観的に示すための重要な根拠資料ともなるため、必ず整備しておくべきです。
契約は必ず法人名義で行う
借り上げ社宅として認められるための大前提は、物件の賃貸借契約を会社、すなわち法人名義で貸主と締結することです。
従業員が個人名義で契約した物件に対し、会社が家賃の一部を補助する形をとった場合、それは借り上げ社宅とは見なされません。
この場合、会社からの補助金は「住宅手当」として扱われ、全額が給与所得として課税対象となります。
節税メリットを得るためには、必ず会社が契約の当事者となることが絶対条件です。
この基本的な枠組みを誤ると、制度そのものが成立しないため、契約時には特に注意が必要です。
まとめ
借り上げ社宅制度は、正しい給与計算と運用を行うことで、企業と従業員の双方に大きな節税メリットをもたらします。
重要なポイントは、国税庁の定める「賃貸料相当額」を算出し、その50%以上を従業員から給与天引きで徴収することです。
これにより、企業は社会保険料と法人税の負担を、従業員は所得税・住民税と社会保険料の負担を軽減できます。
ただし、非課税要件を満たさない場合や、駐車場代などの対象外費用を会社が負担した場合には給与として課税されるリスクも存在します。
制度のメリットを最大限に活かすためには、社宅管理規程を明確に整備し、法人名義での契約といった基本ルールを遵守することが不可欠です。