給与計算のミスが発生したとき、どう対応する?ミスの防止策もご紹介
給与計算のミスは、従業員の生活に直結する重要な問題であり、企業の信頼性にも大きく影響します。もし給与計算のミスが発生してしまった場合、企業は迅速かつ適切に対応することが求められます。本記事では、給与計算ミスが発生した際の具体的な対処法、よくあるミスの種類、そして再発防止策について詳しく解説します。これらの情報を参考に、経理・給与計算の実務担当者、経営者、人事担当者の皆様が、ミスのない給与計算業務を実現し、従業員からの信頼を維持できるよう役立てていただければ幸いです。
この記事の監修

日本ペイロール株式会社
これまで給与計算の部門でマネージャー職を担当。チームメンバーとともに常時顧問先350社以上の業務支援を行ってきた。加えて、chatworkやzoomを介し、労務のお悩み解決を迅速・きめ細やかにフォローアップ。
現在はその経験をいかして、社会保険労務士法人とうかいグループの採用・人材教育など、組織の成長に向けた人づくりを専任で担当。そのほかメディア、外部・内部のセミナー等で、スポットワーカーや社会保険の適用拡大など変わる人事労務の情報について広く発信している。
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給与計算のミスへの対処法
給与計算のミスが発覚した場合、迅速な原因特定と修正作業が不可欠です。まずは従業員全体に影響するミスなのか、特定の従業員のみに対するミスなのかといった影響範囲を把握し、必要に応じて過去の給与データを確認します。その後、従業員への説明と謝罪、給与明細の修正、そして過不足分の精算という流れで対応を進めます。
従業員への説明と謝罪
給与計算のミスが判明したら、速やかに対象の従業員に連絡し、誠意を込めてお詫びすることが最も重要です。謝罪が遅れると、従業員の不信感や不快感を招き、会社への信頼を損なう可能性があるため、給与明細の再作成や過不足分の調整よりも優先して行いましょう。連絡の際は、「〇月〇日の残業代が反映されていなかった」など、ミスの具体的な内容と経緯を明確に説明し、今後同様のミスを防止するための対策も具体的に伝えることが信頼回復の第一歩となります。直接会って説明することが望ましいですが、状況に応じて電話やメールでの連絡も有効です。謝罪文の例としては、件名に「給与計算ミスに関するお詫びと対応策について」と記載し、誤りの内容、対応策、再発防止策を具体的に盛り込むと良いでしょう。
給与明細の修正
従業員への説明とお詫びと並行して、ミスのあった給与明細を速やかに修正し、差し替える必要があります。特に、基本給、各種手当、経費の立替金などの支給項目は、源泉徴収される所得税額や雇用保険料にも影響する可能性があるため、慎重に再計算を行いましょう。社会保険料にミスがあった場合も、年末調整時の所得税額に影響を及ぼすことがあるため注意が必要です。誤った金額で所得税を納付してしまった場合は、修正手続きが必要となるため、できるだけ早く給与明細を訂正することが大切です。また、課税対象額や所得税額に誤りがあった場合は、給与明細だけでなく源泉徴収簿の訂正も必要になります。
給与の過不足分の清算
従業員への謝罪と給与明細の訂正が完了したら、給与の不足または過払い分の精算を行います。過不足が発生した場合の精算方法は、労働基準法の「賃金全額払いの原則」に基づき、当月中に速やかに行うことが望ましいとされています。ただし、ミスの発覚タイミングによっては当月中の精算が難しい場合もあるため、その際は従業員の合意を得た上で翌月に精算することも可能です。過払いと不足でそれぞれ精算方法が異なるため、適切な対応が必要です。
過払い金の精算方法
従業員に給与を過払いしてしまった場合、本来の金額より多く支給された給与は、当月から翌月支給日までに調整することが望ましいです。労働基準法では「賃金全額払いの原則」が定められているため、過払い分を一方的に翌月の給与から差し引くことは原則としてできません。そのため、従業員から現金で返金してもらうか、翌月支給する給与から差し引く場合は、必ず従業員の同意を得て労使協定を締結しておく必要があります。過払いが発生した際は、源泉所得税や雇用保険料などの控除額も本来の金額より多くなっている可能性があるため、これらの控除額を考慮して正しく再計算した上で過払い分を算出し、精算を行います。翌月の給与で過払い分を精算する場合は、「調整金」などの項目でマイナス計上し、通常の給与計算処理に組み込む形が一般的です。現金で返金してもらう場合は、従業員から領収書を受け取るようにしましょう。

社労士 小栗の
アドバイス
給与の過払いが判明した場合、従業員の同意なく一方的に翌月の給与から差し引くことは、労働基準法違反となる可能性があります。返金や翌月相殺は必ず従業員の同意を得て書面で記録を残すなど、丁寧な対応を心がけましょう。
不足金の精算方法
従業員に支給した給与が不足していた場合は、労働基準法の「賃金全額払いの原則」に基づき、当月中にすみやかに不足分を支払う必要があります。給与の未払いは労働基準法違反となる可能性があり、罰則の対象となる場合があるため、ミスが判明したら速やかに不足分を追加で支払いましょう。実務上、翌月の給与で不足分を精算するケースもありますが、この場合も従業員の了承を得て、労使協定の締結を確認しておくことが重要です。翌月の給与で精算する際は、不足していた支給額を「調整金」などの手当項目として計上し、追加で支給する形をとります。不足額を支給することで、源泉所得税や雇用保険料などの控除額も増える可能性があるため、これらを考慮した上で追加支給額を算出することが必要です。不足分を現金で支払う場合は、従業員から領収書を受け取りましょう。
給与計算で発生しやすい誤り
給与計算のミスは、経理人事担当者の負担を増大させるだけでなく、従業員の不信感や、最悪の場合は法的トラブルにつながる可能性もあります。なぜ給与計算でミスが発生しやすいのでしょうか。その主な原因は、手入力による単純なミス、複雑な勤怠ルール、各種手当の頻繁な変更、タイトな給与計算スケジュール、そして担当者の知識不足などが挙げられます。給与計算は、勤怠データ、従業員情報の変更、各種手当、有給休暇、社会保険料や住民税の変更、さらには税制改正など、毎月のように変動する複雑な要素に対応しなければならないため、ミスが起こりやすい業務です。ここでは、給与計算で特に発生しやすい具体的な誤りの種類について解説します。
時間外労働の賃金計算
従業員が残業や休日出勤、深夜労働を行った場合、会社は労働基準法に基づき割増賃金を支払う義務があります。割増賃金は、労働を行った日や時間帯によって割増率が異なるため、計算が複雑になりミスが発生しやすい項目の一つです。例えば、法定時間外労働、深夜労働、休日労働ではそれぞれ異なる割増率が適用され、これらを正確に把握していないと計算間違いにつながります。勤怠管理システムを導入し、残業時間や休日労働時間を正確に記録・集計することで、割増賃金の計算ミスを未然に防ぐことができます。また、勤怠システムと給与計算ソフトを連携させることで、計算の正確性を高め、法的リスクを軽減することが期待できます。
扶養状況変更時の所得税の反映漏れ
従業員の扶養状況が変わった際、所得税の計算に影響が出ることがあります。例えば、子どもが就職して扶養を外れた場合や、配偶者の収入が増えて扶養対象から外れた場合など、税法上の扶養控除が受けられなくなることがあります。従業員から扶養家族の変更申告があったにもかかわらず、給与計算担当者がその情報を給与に反映し忘れると、源泉徴収される所得税額が誤ってしまう原因となります。このような反映漏れがあった場合でも、年末調整で対応することは可能ですが、できるだけ早く給与計算を訂正することが望ましいです。人事担当者や給与計算担当者は、従業員からの扶養家族の変更情報を受け取ったら、速やかに人事システムや給与計算ソフトに適切に反映させ、定期的に従業員情報の更新を確認する仕組みを整えることが重要です。

社労士 小栗の
アドバイス
給与計算は労働基準法や社会保険関連法規といった、さまざまな法律に基づいています。ミスが発生すると、単なる金銭的な問題にとどまらず、法令違反として罰則の対象となる可能性もあります。専門知識の習得だけでなく、システムの活用や外部委託も検討し、法令遵守を徹底することが重要です。
各種手当の計上漏れ
企業によっては、基本給の他に役職手当、通勤手当、住宅手当、家族手当など、様々な手当が支給される場合があります。社内人事や手当の仕組みを給与計算担当者が正確に把握していないと、手当の支給額の変動を給与に反映できず、計上漏れが発生する原因となります。また、雇用形態の変更(正社員、契約社員、アルバイトなど)や、異動による役職や仕事内容の変更に伴い、各種手当の適用が変動することもあります。これらの変更が給与計算に適切に反映されていないと、従業員の不満やトラブルにつながりかねません。就業規則や給与規程に基づき、手当の支給条件を明確にし、変更があった場合には速やかに給与計算システムに反映させるなど、業務の正確性を保つための対策が必要です。
社会保険料の控除漏れ
社会保険料(健康保険、厚生年金保険、雇用保険、介護保険)の控除は、給与計算において重要な項目ですが、ミスが発生しやすいポイントでもあります。特に、保険料率の改定や、従業員の年齢による介護保険料の徴収開始(40歳以上65歳未満の従業員が対象)など、変動要素が多いことが原因となります。介護保険料は、40歳の誕生日の前日が属する月から徴収が開始されるため、正確なタイミングでの控除が求められます。また、社会保険料の控除にミスがあると、年末調整時の所得税額にも影響するため、給与計算のミスに気づかないまま所得税を納付してしまうと、修正手続きが必要になります。最新の保険料率情報を常に確認し、給与計算ソフトのバージョンを適切に更新するなど、法令改正への対応を怠らないことが重要です。
退職者の社会保険料控除
従業員が退職する際の社会保険料の控除は、特に注意が必要です。社会保険料は、原則として月末に在籍している場合にその月の保険料が発生するため、月の途中で退職する従業員からは該当月の社会保険料は控除されません。しかし、給与計算担当者がこのルールを誤って解釈し、月の途中で退職した従業員から社会保険料を控除してしまうケースがあります。このようなミスは、退職者からの問い合わせやトラブルに発展する可能性があるため、退職者の最終給与計算時には社会保険料の控除ルールを十分に確認し、正確に処理を行う必要があります。
給与計算ミスを防ぐための対策
給与計算のミスは、従業員の信頼を損ねるだけでなく、労働基準法違反や遅延損害金の発生、不適切な納税といった法的リスクにもつながります。給与計算は複雑な要素が多く、手作業ではヒューマンエラーが発生しやすいため、ミスを未然に防ぐための対策を講じることが不可欠です。ここでは、給与計算ミスを防ぐための具体的な対策を3つの視点から解説します。
確認体制の見直し
給与計算におけるヒューマンエラーを減らすためには、確認体制を強化することが最も基本的かつ効果的な対策です。具体的には、複数人によるダブルチェックやトリプルチェックを導入し、特定の担当者だけに負担が集中する属人化を防ぐことが重要です。データの入力ミスや転記ミスを防ぐために、入力項目を減らす工夫や、チェックリストの活用も有効です。また、勤怠データの収集や従業員情報の更新が適切に行われているか、定期的に確認する仕組みを構築することで、計算の根拠となる情報の正確性を高めることができます。法改正や社内規定の変更があった際には、速やかに情報を共有し、担当者への教育を徹底することで、知識不足によるミスを防ぐことも重要です。
給与計算業務の外部委託
給与計算業務は専門的な知識を要し、法改正への対応も求められるため、自社で対応しきれない場合は外部の専門家へ委託することも有効な選択肢です。特に税理士や社労士は給与計算に関する専門知識が豊富で、法改正にも適切に対応してくれるため、法的リスクを低減できます。外部委託のメリットとしては、専門家による正確な計算が期待できるため、給与計算ミスを大幅に削減できる点が挙げられます。また、給与計算担当者の業務負担を軽減し、本来のコア業務に集中できる環境を整えることも可能です。担当者の急な離職や長期休暇などによる業務停滞のリスクも回避できます。ただし、外部委託にはコストがかかるため、費用対効果を十分に検討し、自社の規模や状況に合ったサービスを選ぶことが重要です。

社労士 小栗の
アドバイス
給与計算ミスを防ぐ最も有効な手段は、給与計算システムの導入です。自動計算機能や法改正への自動アップデート機能により、ヒューマンエラーを大幅に削減できます。勤怠管理システムとの連携で、業務効率も飛躍的に向上するでしょう。
給与計算システムの導入
給与計算システムを導入することは、給与計算ミスを防ぐ上で最も効果的な対策の一つです。システムを導入することで、煩雑な計算業務の多くを自動化できるため、ヒューマンエラーのリスクを大幅に削減できます。特にクラウド型の給与計算システムは、税制改正や社会保険料率の変更などの法改正に自動的に対応するため、常に最新の法令に基づいて正確な計算を行うことが可能です。また、勤怠管理システムと連携させることで、日々の勤怠実績からリアルタイムに給与を計上でき、集計や確認の手間を減らすことで業務効率化にも貢献します。給与明細の作成や各種帳票の出力も容易になり、ペーパーレス化によるコスト削減も期待できます。給与計算システムの導入には初期費用やランニングコストがかかりますが、ミスの削減、業務効率化、法的リスクの低減といった長期的なメリットを考慮すると、費用対効果は大きいと言えるでしょう。自社の規模やニーズに合ったシステムを選ぶことが、導入効果を最大化するためのポイントです。
給与計算ミスが引き起こすリスク
給与計算のミスは、単なる事務処理上の間違いにとどまらず、企業にとって深刻なリスクを招く可能性があります。従業員の生活に直結する給与の問題は、企業の信用問題だけでなく、法的な責任問題にも発展しかねません。給与計算でミスが起こると、具体的にどのようなリスクが企業に降りかかるのでしょうか。
労働基準法違反の可能性
給与計算ミスは労働基準法違反に問われる大きなリスクを伴います。特に給与の支給額が不足していた場合、たとえ意図的でなくても「賃金全額払いの原則」に違反することになります。労働基準法第24条では、賃金は全額支払わなければならないと定められており、これに違反すると30万円以下の罰金が科される可能性があります。また、時間外労働の割増賃金が正しく計算されていなかったり、未払い残業代が発生したりした場合、労働基準法第37条違反となり、6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金といった厳しい罰則が定められています。労働基準監督署からの是正勧告や指導を受け、改善が見られない場合には、司法処分が下される可能性もあるため、給与計算の正確性は非常に重要です。
遅延損害金の発生
給与計算ミスにより賃金が未払いとなった場合、企業は従業員に対して遅延損害金を支払う義務が生じます。遅延損害金は、給与の支払いが本来の支給日より1日でも遅れると発生する遅延利息であり、未払い賃金に対して年3%の利率で算出されます。例えば、未払い賃金が20万円であれば、遅延損害金は年間6,000円となります。さらに、従業員が退職している場合は、遅延損害金の利率が年14.6%まで跳ね上がることがあります。これは「賃金の支払の確保等に関する法律」によるもので、退職後の未払い賃金に対する企業の責任が重くなることを意味します。遅延損害金は、たとえわずかな金額であっても会社の信頼を損なう原因となるため、給与計算ミスが判明した際は速やかに本人にお詫びし、未払い分や遅延損害金についてきちんと説明することが重要です。
税金の不適切な納税
給与計算ミスは、所得税をはじめとする税金の不適切な納税にもつながるリスクがあります。給与額の誤りによって、源泉徴収する所得税額が過少になったり過剰になったりする可能性があるためです。正しい納税が行われない場合、従業員に不利益が生じるだけでなく、企業としての信用問題にも関わります。税務調査によって納税額の誤りが発覚すると、不足分の税金に加えて、加算税や延滞税といった追徴課税のペナルティが課される可能性があります。また、従業員の扶養状況の変更が所得税に適切に反映されていない場合も、不適切な納税につながることがあります。給与計算のミスに気づかないまま税金を納付してしまった場合は、速やかに修正手続きを行う必要があるため、日頃から正確な給与計算を心がけることが重要です。
まとめ
給与計算のミスは、従業員の信頼を損ね、労働基準法違反や遅延損害金の発生、不適切な納税といった企業にとって重大なリスクを引き起こす可能性があります。万が一ミスが発生した場合は、速やかに従業員への説明と謝罪を行い、給与明細の修正、そして過不足分の精算を適切に行うことが不可欠です。不足金の場合は原則当月中の支払いを、過払い金の場合は従業員の同意を得た上で翌月精算を検討するなど、労働基準法の原則に則った対応が求められます。
給与計算のミスは、時間外労働の賃金計算、扶養状況変更時の所得税の反映漏れ、各種手当の計上漏れ、社会保険料の控除漏れ、退職者の社会保険料控除など、様々な要因で発生しやすいものです。これらのミスを防ぐためには、複数人による確認体制の構築、給与計算業務の外部委託、そして給与計算システムの導入が有効な対策となります。特に給与計算システムの導入は、計算の自動化によるヒューマンエラーの削減、法改正へのスムーズな対応、業務効率化といった多大なメリットをもたらします。
給与計算は、従業員の生活を支える重要な業務であると同時に、企業の法的遵守にも直結するものです。日頃から正確性を意識し、適切な対策を講じることで、給与計算ミスを未然に防ぎ、従業員との良好な関係を維持し、企業の信頼性を高めることができるでしょう。